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2009年4月12日 (日)

マンガ学の本がでます

昨日は渋谷に行く途中で東京大学駒場キャンパスに寄ってみました。この時期は何となく駒場と本郷に行ってみることがあるのです。花見の時期かなと思ったのですがあまり咲いていないというより風が強いのか散ってしまった木も多く?いずれにしてもあまり花見には向いていません。校内に病院がある本郷キャンパスと違って一応一般人お断りのようだし。
建物も新しく建てられたものに入れ替わったのが多く、ちょうど新入生が通い始める直前というのか、購買部には東大記念みやげの品もあり、書籍部も午後まで開いていました。
この書籍部がちょうどかゆい所に手が届く品揃えなのがうれしいです。小さい書店が減っていって大書店で本を探すのはなかなか大変で、本屋のなかには在庫があるかどうかを確認する端末が置かれているところも増えていますが、売れ線以外だと分野ごとに分けられていても棚を見ながら本を見つけることに楽しみがなくなってしまったように思います。文庫新書に限った小さい書店とか売れ線の本だけの店とかを分けたほうが使い勝手も思わぬ本を見つける楽しみも増すと思うのですが、今の本屋はそのへんがぜんぜんだめだなあと思います。
マンガそのものではなくその批評や研究関連の本などってマンガコーナーでないサブカル棚にあったり専門書の文化研究の棚にあったりしてもちろん在庫切れも多いので見つけるのがとても面倒なのですが、マンガ学の本が駒場の書籍部では新刊棚に見つかりました。本を注文して買うのはあまり好きじゃないんで、やはり適度なサイズの売り場に学生向けに揃えられた店は気持ちいいです。見つけたのは竹内オサム氏の「本流!マンガ学」で、同じ竹内氏と夏目房之介氏が監修した「マンガ学入門」のほうはまだ発売されていませんでしたが、版元のページでも見つけられず遅れているのかと思っていたら、こちらは4月13日発売のようで来週には出回るでしょう。

「本流!マンガ学」はマンガ研究を行う上での問題について筆者がこれまで書いてきたことをまとめたもののようですが、年表の正確さと先行研究を踏まえることに関してマンガ研究ではけっこう面倒な問題があります。先行研究のおおくは大学の紀要などなどのアカデミズムとは離れた同人による私家版の評論誌に掲載されることが多く、その全体像を見極めるのがかなり面倒なのです。先行研究をできるだけ調べないと論文として書けないのですが、このあたりを日本マンガ学会あたりでデータベース化しないと個人のデータベースもアクセスされていなければ使えず、結局マンガ研究にとってはネックとなります。

これまで雑誌を調べて簡単な年表をメモっていましたが、正確なものを作るのは結構手がかかります。そのような作業を進めている人がいま結構います。
以下に記したのはちょっとしたメモで、過去の年表をそのまま引っ張っているのと自分で調べたのを混ぜただけなので正確さについては保証の限りではありません。

大正期に「漫画」の語が定着するまでは、ポンチ、トバエ(鳥羽絵)などと呼ばれた。雑誌にはさし絵の一種として「コマ絵」が載せられた。

北沢楽天、「茶目と凸坊」を明治末頃に描く。(年表未確認)

1913(大正2)年 川端龍子、この年より1918(大正7)まで『少女の友』で漫画を連載。読み切り型? 渡米して、翌年帰国して洋画から日本画へ転向。
1914(大正3)年 『少年倶楽部』創刊。この頃少年雑誌に短い漫画が載るようになる
1917(大正6)年 岡本一平「珍助絵物語」を『良友』に連載、翌年「平気の平太郎」連載。続きものの嚆矢?
1919(大正8)年 『少女の友』1月号付録「友子の空想旅行双六」川端龍子作。川端は大正期の『少女の友』で表紙を担当。ストーリーを持った漫画仕立ての双六の例。
1922(大正11)年 宮尾しげを、東京毎夕新聞社に入社。新聞に「漫画太郎」を連載。以降児童漫画の第一人者として多数の少年少女雑誌に連載を持つ。
1923(大正12)年 「正チャンの冒険」織田一星作『アサヒグラフ』で連載開始。作画の東風人は樺島勝一の別名。樺島勝一は挿絵画家としては、一見して写真のようにみえる独特の密描挿絵を少年雑誌に描いて人気を博した。
同年に麻生豊「ノンキナトウサン」、『報知新聞』に連載。欧米の新聞漫画のスタイルが採り入れられるようになる。
長崎抜天「ピー坊物語」、『時事新報』に連載。楽天門下の漫画家が新聞漫画で活躍。

1925(大正14)年 この頃、山田みのる、清水対岳坊、坂本牙城、新関青花など『少年世界』に登場。新関はとりわけ絵がうまかったが、次第に童画的な動物が主人公の漫画を得意として戦後も別名として使っていた健太郎名義で活躍した。
藤井一郎「ロイドの冒険」を『少年倶楽部』に連載開始。海外漫画のスタイルが採り入れられている。
巌谷小波作、岡本帰一画「木兎小僧一代記」、『大阪毎日新聞』。
1926(大正15)年 中野正治、『少年世界』で16ページの漫画特集ページをひとりで?手がけるなど活躍。短編を多数組み合わせてさまざまなコマ割りの実験を行った。グラビアのレイアウトからアイデアを採り入れたとも考えられるが、さらに遡るとカルタ、双六のレイアウトからの影響か。
版元の博文館は、この時期かもう少し後の昭和初めには『新青年』でも海外漫画を紹介した。なお『新青年』はおそらくかつてのブームによって劣化が進んだと思われ、復刻版が出ているが原書の閲覧は制限されていることが多かった。

大正末から昭和の初めには、華宵事件の後、読み物に力を入れた『少年倶楽部』が時代劇の挿し絵に山口将吉郎、岩田専太郎、伊藤彦造など密描挿絵系の挿絵画家を起用して少年たちに支持されたが、滑稽小説には童画の川上四郎(大正初期『良友』出身)など戦後漫画に通じるような明朗な整理された線の絵柄の画家を起用しており、この頃から少年少女向け漫画が童画に範を求める傾向が強まったと思われる。
グラビアに映画のダイジェストが載るようになり、レイアウト構成が漫画に影響した可能性がある(特に少女雑誌)。
また、見開き2ページを使ったモブシーンを描いたヒトコマ漫画が流行し、手塚治虫のモブシーンに至るまで定番化する。小野寺秋風が戦後まで一貫してこのスタイルを貫いた代表的な作家だが多数の作家が好んで描いている。

1928(昭和3)年 田川水泡「目玉のチビちゃん」シリーズを『少年倶楽部』不定期連載開始、少年倶楽部プロダクション制作と銘打たれた。なお田河水泡は漫画家デビュー当初「田川」名義で、コマはタテ進行であった。

1929(昭和4)年 『少女画報』1月号よりさし絵担当だった松本勝治が漫画を描き始める。童画性の強い絵柄の井上猛夫や、戸澤辰雄などがこれに続き、さらには麻生豊や中野正治なども参加。版元の東京社は当時『コドモノクニ』で岡本帰一、武井武雄、村山知義、初山滋など歴史に残る童画家を起用して一時代を築いた。
この年の『少女画報』は6月に井上猛夫「奇々怪々隠れ衣」を連載開始し、漫画路線を着々と進めて少女雑誌に続きものの連載が定着するようになった。

1930(昭和6)年 田河水泡「のらくろ」連載開始。『少年倶楽部』の長期連載作品となる。
漫画で先行した『少年世界』は満州事変以降いち早く戦時色を強めていき娯楽性に乏しくなって昭和8年にその長い歴史を閉じる。
1932(昭和8)年 松本かつぢ「ぺぺ子とチャー公」を後発の『少女の友』に連載開始、翌年「ピチ子とチャー公」と改題、「世界漫遊編」と合わせ昭和12年までの連載となる。
昭和13年から引き続き連載開始された「くるくるクルミちゃん」は昭和15年で連載を終えるが、キャラクターグッズがヒットして戦後に再開され、さまざまな雑誌を渡りながら足かけ30年を超える連載となった。
昭和6年に岩下小葉に代わり主筆となった内山基はおそらく当時の漫画にさほどの理解を示していなかったと思われるが、少女倶楽部とのライバル関係もあり、松本かつぢは自ら叙情漫画と名づけて洗練された少女向けの漫画表現をそのままさし絵にも採り入れて『少女の友』の独自性を土台から支える存在となった。

※ このメモはおもな少年少女雑誌に限り、幼年向け雑誌および『講談社の絵本』、『コドモアサヒ』や子供新聞といった児童向けメディア、赤本漫画などには触れていない。

画家の川上四郎が編集にもかかわり岡本一平の「珍助絵物語」が掲載された『良友』は、鈴木三重吉の『赤い鳥』に比べてその知名度はほとんどありませんが、「花物語」を書く前の吉屋信子が童話を書いていたらしいですね。確かKAWADE道の手帖で「吉屋信子」という本も昨年の末くらいに出ています。

なお、川上四郎については国際子ども図書館の「絵本ギャラリー」のなかで「コドモノクニ」の紹介の項で書かれているものがあります。

「国立国会図書館国際子ども図書館 絵本ギャラリー コドモノクニ」


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