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2009年3月14日 (土)

『少女の友』創刊100周年記念号と手塚治虫『新宝島』復刻

最初に一言、大阪府立国際児童文学館に関する記事は私の判断で現在更新しておりませんが、10月に議会で存続決議がなされ、現在も議会中でありますので、現時点で性急な動きや反応は避けるべきとの考えで更新を停止しております。なお、大阪府議会の模様については的確かつタイムリにまとめる余裕がないのですが大阪府議会ホームページ に情報が載せられますのでご参考にしてください。

同様の施設では成人でないと利用できない資料室内の貴重な図書資料を中学生以上であれば閲覧を可能としている施設は日本でもここしかありません。これは近隣に住む府民にとってアドバンテージとはいえます。そのかわり貴重な資料を傷めるわけにはいかないことを利用者は心得ていなければならないのです。国際児童文学館が果たす役割が今後一段と増えていくことは現時点でも十分想定されます。なぜならこの施設があればこそ出たような本が近年特に増えているからです。そのような成果としての本を紹介していきたいと思います。

出版不況が深刻とのことですが、最近は海外文学の新訳や古典の復刊、歴史的著作の復刻本など貴重な本が出版されて本屋さんにこっそりと並んでいます。いきなり文庫で出す本に注意です。

今日『少女の友』の創刊100周年記念号が人知れず本屋に置かれたのを見つけました。大きい本屋でないとまず見つかりませんが、まだ注文はたぶん大丈夫でしょう。明治41(1908)年に創刊、昭和30(1955)年の終刊まで48年間の間戦争中もほとんど休まずに毎月刊行された雑誌です。今回の100周年記念号が出るのが終刊から50年をすでに越したことで、どんな雑誌か知る人も少なくなりましたが、明治から今日に至るまで出版されたあまたある少女雑誌の中でいまだ最強と言っても過言ではないでしょう。

なぜかというと、戦後の少女雑誌のほとんどは昭和初期の全盛期に大きく発展した『少女の友』と『少女倶楽部』からのスタイルをそのまま引き継いでおり、しかも年齢層を『少女の友』の全盛期ほど高く幅広くできなかった分やはり子どもっぽさが前面に出ているからで、マンガ雑誌になってしまってからはページ配分から多彩な記事がまんべんなくそろわないからです。

また全盛期の『少女の友』は紙面上に単なる投稿欄に限らない読者コミュニティが築かれて、さらには各地で「友ちゃん会」が開かれて、読者の交流が非常に盛んでした。この強力な読者コミュニティが全盛期の『少女の友』の人気を支えていますが、そこに中原淳一というスターの登場と宝塚ブームの定着によって、戦前の雑誌の中でも極めて独特のポジションを得て戦後の少年少女雑誌にも大きな影響を及ぼしたと考えられるのです。

私が昭和50年ごろに読んでいた学習雑誌の『小学六年生』には数十ページにわたる読者コーナーがありました。たとえば手塚治虫の影響も『漫画少年』のような雑誌によって漫画家志望の若者たちのコミュニティが生まれることによって活性化されたであろうし、近年でも投稿雑誌文化から文筆家やクリエータを輩出したようなことは、別に戦後に限らず雑誌文化が担っていた大きな役割でありましたが、『少女の友』の全盛期の読者は戦中の厳しい時代を耐えて生き抜かねばならず、その影響は戦後になってすぐに中原淳一のプロデューサーとしての八面六臂の活躍などで大きく花開くことになったと思われます。

この記念号に続いて、中原淳一が制作した付録と昭和13年1月号を完全復刻したセットの発売が予定されています。14700円とお値段が張りますが、今回の100周年記念号では文章の部分は今の活字を使って直接復刻部分をなるべく抑えており、3800円といっても手間はものすごくかかっていることを考えれば、付録と雑誌丸まる一冊を復刻したセット価格としてはべらぼうに高いわけではないと言えるでしょう。昭和13年において戦後の少女雑誌と比較しても古さは感じないと思います。

『少女の友』創刊100周年記念号が今の若い人にどう映るかはちょっとわかりません。全盛期当時の雰囲気を忠実に再現するのは解説の都合上無理で、たとえば松本かつぢの挿し絵や漫画はこの雑誌の中ではけっこう多くのページ数が割かれて目立っていたものです。私は昭和の雑誌もリアルタイムで読んで来たので、解説を別冊にして2冊セットにするといいなあなどと思いもするのですが、少女雑誌にとどまらない雑誌の歴史や日本の文化史にとってさまざまな考えるヒントはじゅうぶんに提供されていると思います。この本を読むまでわからなかったこともいろいろと知りました。また別途ブログのネタにしようかと思っています。

さて、これに先んじて酒井七馬の原作・構成で手塚治虫が作画をした『新宝島』オリジナルの完全復刻版が出ました。通常版が2000円、豪華限定版が7980円とかなり差があります。しかし通常版にもついている冊子『新宝島読本』を読むと、『新宝島』の謎を解くための手掛かりとなる手塚治虫が戦争末期に描いた習作「オヤジの宝島」について大きくページが費やされ、その「オヤジの宝島」といえば豪華限定版のほうに特典として含まれているのです。

限定版を買わないと他でちょっと読む機会がないと思うと、先に通常版を買って読本を読んだ結果、結局限定版を買いなおすという二重買いのはめになりかねません。「オヤジの宝島」があとから別売される可能性は全く未知数で、もし出すとしても当分出る可能性はまずなさそうで悩みどころ、しかも通常版の函は限定版にはありませんので、限定版のセット用の大箱から「新宝島」の本編の本をいちいち出し入れするのは面倒という微妙な面があります。もちろんそもそも函なんかいらないと割り切るならば別に問題ありません。

むしろ限定版のこれだけでは足りないというべきか、酒井七馬が戦前に手がけた作品-主にアニメーションですが-を見てみないと手塚側の資料だけでは、酒井が戦前から受け継いだ漫画とのつながりが見えないで、<手塚治虫の決定的な新しさ>ではないかもしれない手塚独特の個性だけが<新しいマンガの誕生>と結び付けられてしまうことにならないかとも思います。

そこで自分なりに一言で感想を書けば、「新宝島」は限りなくアニメーションに近い紙芝居のように思いました。紙芝居とは蔑称として言っているのではなく、一枚絵の順番が与える側で定められている形式です。たとえば私は携帯コミックは紙芝居的な傾向の強いメディアだと思います。

ところでいまデジタルコミックのさまざまな試みがされているといいますが、インタラクティブで分岐などがあったりしても、その根本には紙芝居のような連続性がベースになっている傾向が強いような気がしています。

作者の与える読み順をまったく無視して読みたいところだけを適当にピックアップしたり読む順番をランダムに変えることが読者の特権として最大限に許されていることが、本という形式にまとめられたマンガの持つ最もユニークな特性だと私が考えるところで、これが発達するのは昭和前期に海外マンガが日本に入ってきた頃からだと思っていますが、そう思うのは少年少女雑誌におけるビジュアルがその時期にとても発達したからです。たとえば文字の縦書きによる垂直方向のベクトルとコマの読み順の水平方向のベクトルが共存することから織りなされる読みの方向のゆるみの端緒は戦前の途中にあったのですが、そのあたりの資料はあまり目に触れないところにあります。そこにエピソードが積み重なり決めのコマが生じることにより緩急とリズムも生まれます。少女マンガが育んだ装飾性は読み順の不確定さを招きやすくしています。

そのような漫画の特性を手塚は早いころから使いこなしたと言えるでしょう。そこから「新宝島」を読んでみると、酒井のアニメーションを経たスタイルと手塚の「オヤジの宝島」はもともと近いところがあったのかもしれないとも思いましたが、それは今のところ憶測としか言えません。手塚研究がどこまでこの作品を解き明かすか期待したいと思います。

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