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2006年4月15日 (土)

忘れられた80年代少女まんがの展望へ向けて

もう20年近く前に米沢嘉博氏が編集した「マンガ批評宣言」(1987)は最近加藤幹郎氏の所載論文が秋田孝広「コマからフィルムへ」でとりあげられるなど、当時のマンガ批評の集成としては非常に良質のものを集めていた。にもかかわらず私が最も興味を持ったのは、岩田次夫氏による巻末のマンガ雑誌評であった。伊藤剛氏「テヅカ・イズ・デッド」では「ぼくら語り」世代を批判したが、米沢氏や村上知彦・竹内オサムの「マンガ批評体系」のような仕事はマンガ評論なるものが世間に認知されていなかった頃に、マンガ批評本を出してもすぐに品切れになってしまって、今の批評家があまり省みることがないようにも思えるもので、こうした「ぼくら語り」とは対極にある批評集成の仕事をきちんと評価しておかないと片手落ちであろう。(品切れ本は残念ながら著作権の問題がなくても実物を写さないと載せられない)

「コマ」から「フィルム」へ マンガとマンガ映画 Book 「コマ」から「フィルム」へ マンガとマンガ映画

著者:秋田 孝宏
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テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ Book テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ

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私が昔「マンガ批評宣言」を読んで岩田次夫氏のマンガ雑誌評が一番面白かったのは、マンガ体験というものが世代的なギャップを常に抱えていて、たまたま私にとってマンガ雑誌評が一番リアルタイムで共感したという面が大きかったと思う。あっけなく倒産したらしいぺんぎん書房の二上洋一「少女まんがの系譜」の評では、巻末のヤマダトモコ氏の年表ばかりが価値がある、といわれたが、その画期性は認めるものの、二上氏は「歴史書」を回避するそぶりを示しながらも、実際には里中満智子、一条ゆかりの功績を高く評価し、西谷祥子についてもこれまであまり語られなかったところまで踏み込んでいるのを見ると、ここにも世代のギャップを感じずにはいられない。そもそも「歴史」と「系譜」とではアプローチは異なるのである。

一方で竹内一郎「手塚治虫 ストーリーマンガの起源」のように、重要な先行書の業績をあっさり無視したような書籍が出版されて、あまり表立ってはいないものの物議をかもしている。私自身が日本マンガ学会に初めて研究報告を書いたとき、日曜マンガ研究にかまけて本業をおろそかにしていると言われるのを疎んじてペンネームを使いたいと言ったことがあったが、今考えてみれば、研究論文扱いでペンネームを使うのはおかしな話であった。したがって実名を使って投稿をした。二回目の発表をしたときも難航して本業に支障をきたして、レポートもやや不本意な出来となった。竹内氏の著作は学位論文として審査を通過したものが元になって書籍化されたものだというが、だとすればその審査はあまりにも甘いのではないか、と思わざるを得ない(まさか卒論ではあるまいが、博士論文だったか?)。

 

手塚治虫=ストーリーマンガの起源 Book 手塚治虫=ストーリーマンガの起源

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(これは読む気が起こらなかったのだが、安値で売ってくれる人とかいませんかね)

80年代以降のまんが史を書く、というのは少なくとも一人の力では無理だ。歴史とは史観がまずありきといったものであって、安易に教科書にするようなものではないだろう。私がとりあえず目指すのは私が見通せた限りでの「系譜」となる。

先に挙げた岩田次夫氏は、80年代初めまでは米沢氏の周辺で少女まんがの研究に関しては研究同人誌を主宰するなど中心的な存在であったが、コミケットの膨張に伴う頃、彼らのグループは少女まんがは今後停滞期に入ると結論し、同人誌のほうに関心を移してしまった。商業誌よりも同人誌のほうに誰もがより大きな可能性を感じていたのである。コミックマーケットの拡大とその成果は今のマンガ状況に大きく反映しているが、その一方で、80年代の商業作家は批評から見捨てられた、ともいえる。もっともおそらく出版社も批評に期待などしていなかったのだろうが。

 

Book 同人誌バカ一代―イワえもんが残したもの

著者:岩田 次夫
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こちらのブログではないが、かつて自分は、えんどコイチとあきの香奈を知らずして80年代マンガは語れない、と啖呵を切った。まず既存の評論家が依拠してきた手塚中心史観、そしてその継承である24年組史観(さらには美少女同人誌からいまの萌えにいたるまで)とは異なる見方が可能なはずであり、その系譜をたどる必要性を感じている。
あすなひろし氏についてはたまたまみなもと太郎氏が彼の大ファンであったこともあって、少女クラブから少年チャンピオンまでをつなぐ存在として、その選集出版活動の現時点における成功はそれなりの下地があったのだが、80年代以降の作家については正直難しい。
なぜ「あきの香奈」なのか、といえば別にB級でもマイナー志向でもなく、はっきりした個性を持つとともに普通に作品の質が高かったのに、正当な評価がなされていない作家のなかでも、一番わかりやすい例といえるからだ。萩岩睦美「銀曜日のおとぎばなし」すらほんの一度短いブックレビューでしか取り上げられなかったのを見ていた身としては、今のマンガがレビューに取り上げられる頻度の高さというのは過去に比べればけっこう恵まれていることを念のため指摘しておきたい。

しかし現状ではあきの香奈一人ではどうしても限界に突き当たらざるを得ない(まず絵がわからないとどうにもならないのだが)。ガロ系のような盲点についても今後紹介していくだろう。とにかく岩田氏などに見捨てられたともいえる80年代の少女まんがの系譜をざっくりと作る必要があるが、私はできるだけいろいろな雑誌を読むためにみんなが読んでいた白泉社系の雑誌を読まずにきたのが現在になってネックである。そこを補完するためにブログを立ててみた。というわけで協力が得られることを望んでいます。どうぞよろしくのほどを。

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コメント

80年代の白泉社の少女漫画ですか?あたしのブログの最初のほうに、白泉社の、LALAに載ってた日出処の天子に記事あるんで、よかったら、また読んでみてください。

投稿: ぴーちゃん | 2006年4月16日 (日) 14時00分

ぴーちゃんさん、いつもありがとう。
僕は日出処の天子をそういえば最後まで読んでいないという変なまんが読みですが、ずっと雑誌ばかり読んで単行本を読む時間がなくて、最近やっと名作を読むようになってきたんですが、読みに行って見ますね。

投稿: laco | 2006年4月16日 (日) 23時55分

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