おすすめのマンガ2:ちばてつや
コーラスの話をしたところでYOUNG YOU創刊前夜のことを書きたいのですが、今日は時間がないので、水木しげるさんに続いて巨匠の名作を紹介しましょう。
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1・2・3と4・5・ロク (1)
著者:ちば てつや |
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1・2・3と4・5・ロク (2)
著者:ちば てつや |
ほんとうは少女まんが時代のちば作品を読むならこれを最初に読むのはあまりおすすめしませんが、ホーム社のちばてつや全集が品切れ状態でこれは最近文庫で特別に出たものです。講談社まんが賞を受賞しており過去に何度もいろいろな出版社から出ていたので、意外と少女まんがではこれだけ読んでいる人も多いのかもしれません。
この作品は講談社の少女フレンドの前身にあたる少女クラブに昭和37年から12月の休刊号まで掲載された作品で、ちばさんの少女まんが作品では異色作といってよいでしょう。
私は少女まんが中心に読んできたのですが、男ながらに少女まんがを読むというのは確かにある種の萌えの回路を介しているからではないかと思います。ところが、私にとってちばてつやの少女キャラクターは男性作家が描いてきた少女の中で現在もなお最高のランクに位置して、コミケにおけるロリコン美少女ブームから現在の萌えブームにいたるまで、ちばてつやを超える存在はいまだかつて一人も現れておりません。きっと幼少の頃女の子とばかり遊んでいたせいで、女の子の嫉妬心や派閥争いなどいやな面もなんとなく間近で見てきたので、一般的なオタクの萌えとは何か違うようにも思われます。
そこまで言い切ってしまうくせに、昨年少女クラブを国際子ども図書館でリボンの騎士以降から一気読みするまでにきちんと作品を読んでいたのは「ユキの太陽」一冊だけだったことに気づいて、自分でもそのいい加減さに驚いてしまいました。幼少の頃は「ハリスの旋風」や「みそっかす」がテレビアニメ化されていて、またシュリンクパックで中身が読めなくなる前の立ち読みし放題でちばさんの少女まんが作品も立ち読みくらいはしたものですが、それにしても内容を覚えているわけではありませんので、それにもかかわらず少女キャラクターのイメージがはっきり頭の中にできあがっているのは不思議なものです。
もっとも,ちばさんの描くヒロインは他の男性作家が描くのと同様にパターン化された特徴があるにはあります。私にとってその核心は何かと考えると、気高さ、ということになるでしょうか。この気高さにおいては宮崎駿ですら足元に及ばないと思いますが、それはなぜかといえばちばの少女キャラクターがその気高さを際立たせる隠し味として無邪気さ、天真爛漫さを付け足すことを忘れなかったことを指摘しておきたいと思います(宮崎駿以下の凡庸な男性作家はこれをかわいさと勇ましさにしてしまう)。これは大人の女性を描く際には支障となって現れる面がありましたが、高度成長期までの男にとっての女性像というのは割とそのような面があったような気がします。それを母性で補うことでやまとなでしこ的な女性像が成立していたかどうかは別として、ちばの少女キャラに弱点があるとすれば母性的な面を免れなかったことかもしれませんが、少年性に近いものすら抱え持っていたことから考えれば些細なものであるように思えます。
「1・2・3と4・5・ロク」を最初の少女まんがとしてあまり勧めたくないのは家族ものであるがためにヒロイン性が希薄であることが挙げられます。そして今の刺激的な漫画を読み慣れている読者にとっては退屈な作品とあっさり判断されてしまうかもしれないのも弱点です。
退屈、といいましたが、実は手塚番から石ノ森、水野英子を育てた少女クラブの名編集者として知られています丸山昭氏も、ちばてつやのまんがは手塚のようなコマ運びのスピーディさに欠け無駄なコマはこびが多いと実はあまり評価していなかったと本で読んで私はちょっと驚きました。わたしが10年近く前に読んだ「まんがのカンヅメ」をよく読んでみるとそのようなことが書かれていまして、この本は現在小学館文庫から「トキワ荘実録」と名前を変えて入手可能ですが、こちらのほうには上田トシコさんとちばさんがショート・エッセイを載せていて、お二人とも当時の丸山さんにはあまり評価されていなかったと書いてあったので、すでに少女クラブについてのレポートを書いたあとでこの本を読み損ねていたことに気づいてうろたえたことがありましたが、今回の少女クラブ最後の連載は、編集長に昇格した丸山さんがはじめてちばさんを担当した作品としても知られていて、意外にもそれまでのちば作品よりもずっと地味な作品になっています。しかも丸山さんが嫌ったというちばさんならではのコマ運びを実に頑固なまでに作劇上のポリシーとして貫いていて(むしろこの作品でこそそれが顕著では?私は他の作品を読んでもあまり気になりません)、あえて深読みすると後に少女フレンドで恐怖マンガを描く楳図かずおさんにも一脈通じる部分があるかもしれません。少女まんが独特といわれる心理描写の手法の歴史を考える上では見逃せないものです。
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トキワ荘実録―手塚治虫と漫画家たちの青春
著者:丸山 昭 |
これは私の憶測ですが、丸山さんは当時の少女まんがのメロドラマ的な面を嫌っていて、石森、水野とは資質の異なるちばの作風から、日常家庭ものを結論として導き出したのではないかと思うのですが、生活もの自体は当時のマンガの中では決してめずらしくなかったにもかかわらず、結果的にいえばやはりマンガ史に異彩を放つ名作になったと思われます。私見ですが、あすなひろしの少年向け作品およびあだち充の作品群の一つのルーツに位置づけられるとともに、あの「いなかっぺ大将」の作者川崎のぼるの名作「てんとう虫の歌」を産んだのは、やはりこの作品の残した功績だったのではないでしょうか。
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てんとう虫の歌 (1)
著者:川崎 のぼる |
ところでちばてつやの本当のすごさはおそらく今回紹介しなかった作品にあるでしょう。それは「あしたのジョー」ではありません。いまだに「おれは鉄兵」の終盤の奇妙な展開は読んでいないものの、少女クラブ時代の「ママのバイオリン」と「ユカをよぶ海」を読んだとき、将来の作品を予告しているのに私はまったく驚いてしまったのでした。梶原一騎の伝説をあえてなかったことにしたときに、ちばてつやと川崎のぼるのこれまで語られずに来た巨匠としての姿が浮かび上がってくることでしょう。
おまけですが、この作品が発表された昭和37年の光文社「少年」の復刻版が限定発売されていました。
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月刊漫画誌 「少年」 昭和37年 4月号 完全復刻BOX
販売元:光文社 |
少女クラブではあすなひろし、西谷祥子がデビューしました。石森章太郎は「江美子ストーリー」を描いていますが、実験性の強い伝説的な作品といっても未完の「三つの珠」などの才気に比べたら頭だけでこねくり回していて、ちば作品のもつ革新性は超えられなかったと私は判断しています。
石森章太郎の魅力はここでは少年の復刻版に載った「少年同盟」のほうに軍配が上がるでしょう。マンガにとって大きな転換期は、翌年の鉄腕アトムのアニメ化から、いよいよ未知の領域に向かうことになります。
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